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福島地方裁判所 昭和27年(行)8号 判決

原告 名取始二 外一名

被告 郡山市農業委員会

主文

被告(当時郡山市農地委員会。以下同じ。)が昭和二三年一一月一三日樹立した郡山市赤木町一五二番畑四畝歩に対する買収計画を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、被告は、昭和二二年三月一一日付大和田忠一の自作農創設特別措置法(以下措置法と略称する。)による買受申請に基き、昭和二三年一一月一三日、郡山市赤木町一五二番畑四畝歩に対する買収計画を樹立し、同日、これを公告した。

二、しかし、被告の右買収計画は、次の理由によつて違法である。

(イ)  本件畑は、前記大和田の買受申請当時、登記簿上は鴫原彌作の所有名義となつていたが、実は、昭和一八年九月三日鴫原から緑川清に、昭和二二年七月一日緑川から原告名取に、それぞれ売渡によつて所有権が移転し、更に、同年八月一日原告名取がうち四五坪を原告久下に売渡したので、本件買収計画樹立当時、原告名取がうち七五坪、原告久下がうち四五坪をそれぞれ所有していた。ところが、本件買収計画は、本件畑の真実の所有者が誰であるかを調査せず、登記簿上の所有名義人にすぎない緑川をその所有者として樹立されたものであるから、違法である。被告は、たとい本件畑の所有者が原告らであつたとしても、所有権移転登記を経ていないのであるから、原告らは、その所有権をもつて被告に対抗することはできないと主張するけれども、単なる登記簿上の所有名義人を対象とする買収計画が許されないことは、最高裁判所の判例によつて明らかである。

(ロ)  原告らは、宅地として利用する目的で、本件畑を買受けたのであつて、被告に対し、畑から宅地への地目変換の許可を申請したところ、被告は、昭和二二年一〇月二三日、原告名取に対しては七五坪のうち五〇坪、原告久下に対しては四五坪全部につき、それぞれ地目変換を承認し、昭和二三年一一月四日、これを原告らに通知した。従つて、本件買収計画樹立当時、本件畑は、すでに被告みずからの承認によつて宅地となつていたのであるから、これについて定められた右計画は違法である。

(ハ)  前記大和田は、(一)郡山市赤木町一一八番四畝歩、(二)同市同町一一九番一反二畝歩、(三)同市七ツ池一二番のうち一反六畝歩、(四)同市同所一八番二畝一九歩、合計三反四畝一九歩をみずから耕作し、将来農業に精進する見込があることを理由として、本件畑の買受申請をしたのであるが、同人が当時実際に耕作していたのは、右(一)の土地のうち二畝一六歩と(二)の土地のうち約二畝歩だけであり、他は、いずれも林地、宅地又は墓地であつた上、同人は、当時郡山市議会議員であつて、常に政治に没頭し、農業に精進する見込は全くなかつた。そして、本件買収計画は、右大和田の虚偽の申請に基いて樹立されたものであるから、明らかに違法である。

以上どの点からみても、本件買収計画は違法であるから、その取消を求める。

三、本訴提起が遅れたのは、前記事情によつて、買収通知などの手続がすべて登記簿上の所有名義人鴫原に対してされ、原告らがやつと二ケ月前に買収計画があつたことを知つたためである。なお、原告らは、被告に対する異議の申立および福島県農業委員会に対する訴願の手続を経ないで本訴を提起したが、これは、右の手続をする期間がすぎてしまつたためであり、また、これらの手続をしても、いたずらに日時を空費するにすぎないからである。

とのべ、被告主張の事実のうち、原告らの主張に反する部分を否認した。(証拠省略)

被告代表者は、本案前の抗弁として、「原告らの訴を却下する」との判決を求め、その理由として、「本訴は、被告の上級行政庁である福島県農業委員会を被告として提起すべきである。」とのべ、

本案の請求に対し、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、原告ら主張の事実のうち、被告が、大和田忠一の申請に基き、昭和二三年一一月一三日、本件畑を登記簿上の名義人である鴫原彌作の所有として買収計画を樹立したこと、および、被告が、原告らの申請により、本件畑につき、原告ら主張のとおりの地目変換を承認し、これを通知したことは認めるが、その他の事実は全部これを否認する。

(イ)  仮りに、本件畑の所有関係が原告ら主張のとおりであつたとしても、原告らは、その所有権移転登記を経ていないのであるから、その所有権を被告に対抗することができないわけである。従つて、被告が登記簿上の所有名義人鴫原を所有者として本件買収計画を樹立したのは相当である。

(ロ)  措置法によつて買収する土地が農地であるかどうかは、土地台帳上の地目によつてではなく、その土地の現実の利用状況によつて決すべきであるから、単に地目が宅地に変換されたにすぎず、現実には農地であつた本件畑が買収の対象となるのは当然である。

(ハ)  大和田忠一の買受申請は、原告らの主張するような虚偽の事実を理由としてされたのではないから、これによつて本件買収計画が違法となるわけはない。

以上のように、本件買収計画は適法に樹立されたものであるから、原告らの請求はすべて理由がない。

とのべた。

理由

被告は本訴は福島県農業委員会を相手方として提起すべきものであると主張するが、被告は、本件買収計画につき、行政事件訴訟特例法第三条に定める処分をした行政庁にあたるのであるから、被告を相手方として提起した本訴が適法であることはいうまでもない。

次ぎに原告らが、本訴提起に先立ち、措置法第七条に規定する異議の申立および訴願の手続を経ていないことは、原告らのみずから認めるところである。そして、いわゆる訴願前置主義を定めた行政事件訴訟特例法第二条の規定によれば、同条但書の定める特別の場合を除いては、行政処分に対し右の手続を経ないで訴を提起することは許されないのであるから、原告らの主張する事情が右の特別の場合にあたるかどうかを判断する。被告が原告らの申請に基き、本件畑のうち原告名取所有の七五坪のうち五〇坪、原告久下所有の四五坪、をそれぞれ宅地に変更することを承認し、昭和二三年一一月四日その旨を原告らに通知したこと、被告が、その後同年同月一三日本件農地を登記簿上の名義人である鴫原彌作の所有として買収計画を樹立したことは、当事者間に争がなく、当事者弁論の全趣旨でその成立を認める甲第五号証の二によれば、被告が、即日右買収計画を定めたことを公告したことが明らかである(右潰廃承認の事実に、当事者弁論の全趣旨でその成立を認める甲第五号証の三を総合すると、被告は、昭和二二年一〇月二三日開かれた被告委員会で、当時施行されていた農地調整法第六条、同法施行令第五条第六号、農地調整法施行に関する告示二ノ(一)一団地五十坪未満ノ農地ニシテ市町村農地委員会ノ承認シタルモノという諸規定に則つて、原告らの右申請を可決承認し、前記日時、その旨を原告らに通知したものであることが認められる。)ところで、当時施行されていた措置法第五条第五号の規定によれば、近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地で市町村農地委員会が都道府県農地委員会の承認を得て指定したものについては、同法第三条による買収をしないことになつていたのであるから、まして農地調整法の関係法規によつて既に宅地に変更することを許可または承認された農地が措置法第三条による買収から除外されるべきものと考えるのは当然のことである。原告らは、前示のとおり本件農地を宅地に変更することについて被告の承認を得たのであるから、これについて買収計画が樹立されようとは夢想もしなかつたであろうし、従つて原告らが、措置法第六条第五号の規定に基く被告の公告に無関心であつたとしても、原告らを責めるべきではない。その後、昭和二三年一一月一三日被告が本件農地について買収計画を樹立し、即日その旨を公告したのに、原告らが、これを知らなかつたとしても、前述の理由により、原告らが、その責に帰すべき事由によつてこれを知らなかつたものとすることはできない。右認定を左右する証左はない。他面訴願人の責に帰することのできない事由によつて訴願の期間内に訴願をすることのできなかつた場合は、特例法第二条にいわゆる正当な事由があるときにあたるものと解するから、前示のとおり、その責に帰することのできない事由によつて本件買収計画を知らず、従つて期間内に訴願をすることのできなかつた原告らは、訴願の裁決を経ないで訴を提起することができるわけである。以上の理由によつて、本訴は適法なものと認定する。

進んで本案について考えるに、当事者弁論の全趣旨で真正に成立したものと認める甲第二号証の一、二、第三号証、第四号証を総合すると、本件農地は、もと鴫原彌作の所有であつたが、同人は、昭和一八年九月三日これを緑川清に、緑川清は、昭和二二年七月一日これを原告名取に、原告名取は、同年八月一日うち四五坪を原告久下に、それぞれ売り渡したことが認められるから、本件買収計画樹立公告当時、本件畑のうち七五坪は原告名取、四五坪は原告久下の各所有であつたことが明らかであり、先きに被告が右農地潰廃の承認をした点からするも、被告は原告らの右所有関係を知つていたはずである。それなのに、被告は、これを登記簿上の名義人である鴫原彌作の所有地として本件買収計画を樹立公告したものであるが、措置法による買収処分は、登記簿上の農地の所有者を相手方として行うべきものではなく、真実の農地の所有者を相手方として行うべきものであることは、既に判例の示すところであり、この点において、本件買収計画は違法であるから、これを取り消すべきものである。

よつて原告らの本訴請求は正当であるから、これを認容すべきものとし、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 西川正世 鈴木義男)

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